【iU B Labプロジェクト紹介】 救急医療の最前線を 人とAIのハイブリッドで変えていく
iUは、ICTやビジネススキルを活用して社会課題を解決し、世の中に新しいサービスやビジネスを生み出すイノベーターを育成する大学です。その研究所であるB Labでは、iUの教員が主導する多彩なプロジェクトが日々進行しています。
今回は、2025年4月からiUの基幹教員に就任した地方独立行政法人 大阪府立病院機構 大阪急性期・総合医療センター救急診療科の診療主任/株式会社fcuro 代表取締役CEOの岡田 直己 氏(▲写真1▲)にお話を伺いました。岡田氏が牽引するプロジェクト「医療AIフロンティア学」では、デジタル化やDX化が遅れがちとされる医療現場へのAI導入・活用の可能性を探る取り組みが進められています。具体的に、どのような取り組みが進められているのでしょうか。B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真1▲)が、お聞きしました。

アナログ的な医療の世界を変えていく医療AIフロンティア学
石戸:「岡田さんは、2025年4月からiUの教員に就任されました。大阪府立病院の現役の医師でありながら、株式会社fcuroの代表取締役も務めるなど、非常にご多忙な中で、さらに大学の教壇にも立つことになります。iUでは、どのようなプロジェクトを進めるのですか」。
岡田氏:「プロジェクト名は『医療AIフロンティア学』です。じつは、私の日々の職場である病院は今もファクシミリを使っているくらい昭和的な環境です。DXの必要性を考え、その象徴としてのAIをプロジェクト名に取り入れています」。
石戸:「具体的には、どのようなことに取り組むのでしょうか」。
岡田氏:「私の専門は外科や救急医療で、非常にアナログ的な領域です。手術をした後には手書きで絵を描いて『ここを手術で切りました』と示したり、紹介状についても手書きした書面をファクシミリで送り、それに対してファクシミリで返事が来たりといった環境なのです。
患者の方々のことを考えるとアナログなところが必要となることもありますが、電子化して医療従事者の仕事の負担が軽減されれば、より患者の方々と向き合う時間を増やすことができるでしょう。実際、医療現場の仕事で電子化できるところは要所々々でありますが、まだ手がついていない状況です。その意味で、いわばフロンティアなのです。
しかも、このフロンティアを医療従事者だけで開拓する、つまり、医療現場の電子化やDXに医療従事者だけで取り組むのは限界があります。そこでエンジニアリングや情報学の知見を持った学生に将来、このフロンティアに飛び込んできていただき、現場と一緒になって医療従事者を助けてくれるテクノロジーやシステムを開発していただきたい、そんなことを考えてプロジェクトに取り組んでいます」。
石戸:「今のお話は、現場の医師のお立場で、医療のデジタル化やDX化の必要性を感じ、それをどう推進していくかという視点での内容だったと思います。一方、岡田さんは、株式会社fcuroで医療AIの開発などにも取り組まれています。AIを活用した『さらに先の医療』のあり方については、どのように取り組んでいかれるのでしょうか」。
岡田氏:「私は、救急医療の中でも特に大怪我をされた方、外傷が専門です。命にかかわるような大怪我をされた場合、頭から足先までをCTで撮影し損傷部位と状況を正確に把握するのですが、撮影画像枚数が多い時で1000枚ぐらいになります。それを約5分の間に確認しないとならないのですが、実際の救急医療の現場ではCTを撮って画像を確認している間に亡くなってしまう方々もいらっしゃるのが実情です。後からCT画像を全て見返すと、画像には損傷部位が映っていたのに時間がなくて確認できず、本当にとても悔しい思いをしたこともありました。そのことが忘れられず、『映っているのだから、何かしらテクノロジーやシステムを活用して確認できるようにしたら、時間切れがなくなるのではないか』と考え、技術開発に取り組みました。
それ以外にも、手術が終わって20時や21時になって、それから書類を作成して日をまたぐようなことが常態化しています。これは、現場の医師のみんなが感じていることですが、書類作成を自動化するようなシステムができれば、それによって生み出された時間を有効活用して、患者の方々をこれまで以上に助けられるでしょう。そうした考えのもと、日々、取り組んでいるのです」。
エンジニアリングや情報学の知見を持つ人に医療現場へ飛び込んでもらえるきっかけを作りたい
石戸:「画像診断に関しては、医療の中でも比較的AIがすでに活用されつつある領域という印象を持っていますが、他の画像診断でのAI活用とは違う点はどのようなところになりますか」。
岡田氏:「画像分野は2012年頃にブレイクスルーがあり、肺がんや胃がんなど、特定の臓器の特定の疾患を見つけるのにAIが広く利用されました。ただ、私が専門の救急医療では、怪我をされて運び込まれた患者の方々がどういう人か、どういう病歴かといった背景が全くわからないため、全身をくまなく検索しなければなりません」。
石戸:「救急な場面だからこそ、『特定の部位ではない』点が重要さを増すのですね。これまでも医療と工学分野の連携や融合では、さまざまな取り組みがあったと思います。岡田さんも会社を立ち上げて、さまざまな組織との連携で事業を推進されています。今回、大学と連携をする選択をされましたが、大学に望んでいらっしゃることはなんでしょうか」。
岡田氏:「私が感じていた救急医療の現場の課題は医療従事者だけで解決できるものではありません。これからの医療現場を変えていくことを考えると、エンジニアリングや情報学に知見がある人たちに医療現場に飛び込んでもらえるようなきっかけを作りたいと思いました。私が取り組めていない課題を解決していくパートナーシップを若い人たちで構築していくきっかけです。そのきっかけを作る場として、大学という舞台を選びました」。
将来的には、病院内にエンジニアがいてもいい医療の現場を知らずに役立つ技術は作れない
石戸:「人材育成にも尽力し、そこから生まれた人材が新しいフロンティアを切り拓いてくれることに期待しているのですね。
私は教育の情報化に取り組んできましたが、教育の分野もコロナ前までは、ファックスを使うなど、アナログの世界でした。医療も教育や行政と同様に、デジタル化の進展が遅い領域かと思います。岡田さんが思い描いている世界の社会実装にも大きな障壁もあるのではないでしょうか。今、抱えていらっしゃる、一番の課題は何でしょうか」。
岡田氏:「私は9年間ほど救急医療に取り組んでいますが、9年前は『AIってなんやねん』という感じの時代でした。これを変えないといけないと考えたのですが、AIについて、結局、どのように取り組めば現場の人たちが話を聞いてくれているのかに頭を悩ませました。やはり、これは現場と一緒にやっていかないといけないと分かっていましたが、いざ、取り組もうとすると『一緒にやっていくところに壁がある』と感じました。
そこで私が取った手段が、とにかく病院から帰らずに、一番長い時間病院にいて、手術でもカテーテルでもなんでも手がけるということ。そして手術の時は飛んで行くことでした。とにかく現場で役に立ち、現場で信頼を勝ち得ることに、まずは取り組みました。それをやることによって、『あいつは、あんなに現場で必死に働いている、そいつが取り組んでいるのだから意味があるのだろう』と、だんだんと手伝ってくれる人たちが増えていきました。
ただ、これはその当時に私が取った手段ですので、iUの講座に来てもらう学生たちにも同じ道を辿って欲しいとは思っていません。しかし、私がこうしてiUの教員に就任したのも、現場の人たちが『そういう人材が増えてもいいのじゃないか』と思ってくれるようになったからです。9年間かけて変わってきていて、ようやくここまでこじ開けたので、ぜひ学生のみなさんにはこの領域に飛び込んできていただきたいと思っています。
大阪急性期・総合医療センターのみんなに支えられて私はここまで来ることができました。ここは世の中にいくつもある病院の中でも、最もエンジニアリングや情報学、AIなどに長けた人材を受け入れてくれる環境が整っていると思っています。学生には、ぜひ遊びに来ていただき、色々なことを見て、見つけて、できればビジネスにしていただければと考えています」。
石戸:「岡田さんが、起業家であると同時に現役の医師であり続けることは、事業に専念できないジレンマもあるかと思いますが、一方で、最も信頼を得やすく、最も風穴を空けやすい方法だということですね」。
岡田氏:「じつは『救急が好き』と言うと変わっていると思われるのですが、それは紛れもない事実ですし、私の周りにいるみんなも救急が好きで、それのために命をかけて取り組んでいます。やはりそういった人たちと一緒にやっていきたいと思い、そういう人たちと同じ時間を過ごすというのが大切です。自分が実装したいような現場で過ごす時間をどれだけ長くするかというのが、社会実装の一番の近道ではないかと思っています。将来的には、病院内にエンジニアがいてもいいでしょう。学生のみなさんも、現場も知らないのに『熱い思いを持って』とは言えないと思いますので1回、遊びに来てもらい『ここも悪くない』と思った時に、こちらの世界へ来てほしいですね」。
人とAIのハイブリッドで生まれる先進的な医療現場
石戸:「いま新しい医療現場を切り拓く場を作るところに取り組まれていると思いますが、プロジェクト名で『フロンティア』という言葉を使われているように、未来の医療現場に対する理想をたくさんお持ちと思います。それについてお聞きします。
現在は画像診断にAIを導入する取り組みを進めていらっしゃいますが、一方で近年ではAIを活用した手術ロボットも登場していますし、医療資源の最適な配分にもAIが活かされる可能性もあると思います。さらに、病院経営の改善においてもAIの力が発揮される場面は多いかと思います。こうしたように、AIを導入することで、医療行為そのものに加えて、医療を取り巻く環境にも大きな改善の余地があると感じています。
そこでぜひ、岡田さんが思い描いていらっしゃる10年後、15年後の医療の姿、そして「このようにしていきたい」という理想像についてお聞かせいただければと思います」。
岡田氏:「医師や看護師は、みな患者の方々と向き合い、お話をするなど、医療の仕事をするうえで自分自身で大事にしていることが、それぞれあります。そのことに取り組むことについては、みんな、全く疲れることはないと思います。私も真夜中に起こされて、急患の手術や診断をすることに対しては全く疲れを感じないのです。
ただし、それらが終わった後の書類作成といった雑務が、非常に膨大にあるところが辛いのです。これは日本の良いところでも悪いところでもあります。ようするに、全てを自分でまっとうする、事務業務などの雑務に関してもきっちりと自分でこなすという文化が日本にはあると感じています。
そして、その膨大な雑務が現場での疲れを生んでいるのです。医療現場の実情は、患者の方々が増える一方で生産年齢人口が減ることで医療従事者など働く側が減り、医療資源が逼迫しています。こうしたことも、現場での医療従事者の疲れにつながっています。
できるだけ本質的な医療、診察や手術などに十分な時間を使えるように、事務業務などの雑務は人間がやらなくて済むような病院を作りたいと考えています。
AIホスピタルは国の構想でも言われてはいますが、私としては医療従事者全員が医療の本質的なところ、診察や手術に注力できるようにするのが真のAIホスピタルだと考えています。それは、人とAIのハイブリッドで生まれる環境です」。
石戸:「生身の医師だからこそできることに集中し、それ以外の部分はAIやデジタルで最大限効率化していく。そのような未来像を思い描いていらっしゃるのですね。教育分野でも同じような課題意識を持っていますが、なかなか進展が難しく、歩みは遅々としています。それだけに、医療の未来には大きな期待を寄せています。
さて、岡田さんは今年4月から大学に関わられて、そろそろ3カ月が経とうとしています。これから大学との連携をより良いものにしていくために、『大学にはこうあってほしい』『大学にこういうことを望む』といった展望があれば、ぜひお聞かせいただけますか」。
岡田氏:「学生が来てくれて、この3カ月ぐらい、病院の状況を話したり学生からやりたいことを聞いたりして、柔軟なアイデアがいくつも出ています。私が現場に近すぎることで気づかないようなことも、学生たちはよく気づいていますね。
考えてみると、私たちには忖度が入ってしまうので、課題やソリューションが最初から頭から外れてししまっていることも多く、それに対して純粋に指摘が入り、『まさにその通りだ』、『やらないといけない』と、再度みんなで取り組んでいこうとなったものもあります。iUは学校ですので若い人たちもたくさんおり、命をかけてやっている人たちも多い医療機関とのコラボレーションが生まれると、医療従事者にとっても良い刺激になります。学生もピュアな気持ちを発揮できる場所と思いますので期待しています」。
石戸:「若い世代ならではの斬新な発想に期待すると同時に、大学には多様な専門分野の方々が集まっているという強みもあります。今日お話を伺いながら、学生だけでなく教職員との連携も深めながら、新たな企画を共に形にできたらと感じました」。
岡田氏:「ぜひ色々とお力添えいただければと思います。『病院でなければ、こんなことまかり通らない』、『ありえへんぞ』と思うことは多くあります。私の口からは言いづらくても外から見て『一般企業なら、こんなことやっていません』ということが指摘されると『ちょっと考え直してみようか』となります。医療現場は不可侵の領域と思われていたからこそ、取り残されているような印象は自分たちでもありますので、その辺りのインタラクションが出てくるといいなと思っています」。
石戸:「教育現場にも共通することですが、どうしても『村化』してしまう傾向があります。その結果、社会全体の常識とは異なることを、あたかも当然のこととして受け入れてしまうことがあります。岡田さんには、これまでの「自分たちだけの当たり前」を打ち破るきっかけをつくっていただければと願っています。最後に、社会実装を重視する研究所、そして大学として、社会や産業界に向けてメッセージ、あるいは呼びかけをいただければと思います」。
岡田氏:「日本は、さまざまな技術面、特にAIの領域では世界の先端から取り残されているとされています。実際、私も研究者として、その印象を持っています。
ただ、日本の医療は海外、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジアなどと比べて、かなり高いクオリティです。技術面のみならず、細かいところに気がつくといったことも含めて、レベルの高い素地があります。産業にも色々と日本の得意なところはあると思いますが、特に医療は、現時点では私の目で見て世界に誇れる状況です。一方で、これが何年続くかわからないところもあり、やはり革新されていかなければどこかで負けると思っています。だからこそ、医療に技術を掛け合わせて一大産業を生み出せると思っています。
私は真の意味のAIホスピタルを、ソフトだけでなくハードも含めて作る必要があると考えています。日本の得意なハードは医療分野で数多くあり、私がいる大阪急性期・総合医療センターでも世界で初めて、ハイブリッドERというCTと手術室とカテーテルを一緒にまとめ、その場で全てができるようなハードを作りました。
そこでは画像を読めないという課題がありましたので、私がAIのソリューションを作成しました。AIとソフト、人間のパッケージを海外に打ち出していき、『この医療はいいよね。人が助かってよかったね』と言ってもらう取り組みを今後やっていけたらと思っています。是非ともこの医療分野に技術を載せていく取り組みに対してご協力いただければと考えています」。
石戸:「医療と技術を組み合わせ、『日本から最先端の医療を世界へ』という挑戦は、まさに壮大で意義深いものだと思います。ぜひ多くの方々に関心を持っていただき、学生のみならず企業の皆さまにも積極的に参画いただければと願っています。岡田さん、本日は貴重なお話をありがとうございました」。