【iU B Labプロジェクト紹介】 グローバルを意識し 自分の中にコンテンツを持つことが大事

iUは、ICTやビジネススキルを活用して社会課題を解決し、世の中に新しいサービスやビジネスを生み出すイノベーターを育成する大学です。その研究所であるB Labでは、iUの教員が主導する多彩なプロジェクトが日々進行しています。
今回は、2025年4月からiUの基幹教員に就任した株式会社 BeautyThinker 代表取締役社長であり 、歌人でもあるカン・ハンナ 氏(▲写真1▲)にお話を伺いました。「自分の中にコンテンツを持つことが大切」と話すカン氏に、iUでのプロジェクト「global contents lab」での具体的な取り組み、歌人となったきっかけや自ら手がけるビジネスについて、B Lab所長の石戸 奈々子(▲写真1▲)が、お聞きしました。

自分の仕事や生き方なども含めてすべてを自分のコンテンツとする
石戸:「本日は、2025年4月からiUの基幹教員に就任されたカン・ハンナさんにお越しいただいています。カン・ハンナさんは、株式会社BeautyThinkerの代表取締役社長であり、国際社会文化学者であり、歌人であり、タレントでもあるという、マルチに活躍されていらっしゃいます。なぜ、これほどマルチに活躍できるのかについても、ぜひお話を伺いたいところですが、まずはiUでのプロジェクトについてお聞かせください」。
カン氏:「iUで取り組んでいるプロジェクトの名称は『global contents lab』です。私は韓国出身で、現在、日本でさまざまな活動をしていますが、これまでおもに研究してきたのはコンテンツという観念です。デジタル環境が整えられ、国を超えて商品だけでなくてコンテンツが動き出している今の時代には、日本にいても常にグローバルを意識し、自分の仕事や自分の生き方などを含めたコンテンツを自分の中に持つことが大切になります。そのためには、さまざまな世界の動向、世界のコンテンツの動向を知り、分析して自分に当てはめてみることが必要です。それらを実践していくラボです」。
具体的なプロジェクトとして動き出した「Pop Power Project:PPP」とは
石戸:「プロジェクトの中では、コンテンツ全般を幅広く取り扱うことになると思われます。そうした中でも、いくつかのサブプロジェクトが立ち上がっているともお聞きしています。その一つがPPPというサブプロジェクトです。そのサブプロジェクトについても教えていただけますか」。
カン氏:「global contents labの中で、2025年4月から本格的に動いているサブプロジェクトの一つがPPPです。『Pop Power Project』の略称で、マンガ・アニメ・ゲーム・音楽・映画・映像・ファッション・食などのポップカルチャーに関わるさまざまな人たちの交流の場です。ただし、ただ交流するだけではなく、コミュニティの形成を通じ、人材育成・イベント開催・調査研究など、さまざまなプロジェクトを実践しています。国と大学、企業とが連携するエコシステムを構築したいという考えがあり、その構築を目指しながらフレキシブルに楽しい取り組みをいくつも手がけています。
例えば、global contents labが企業と組んで研究をしていこうとか、国を巻き込んでイベントを開催してみよう、さらには学生たちも含めてエンタテインメント業界の人材育成に寄与するさまざまな活動をしていこうなど、さまざまなことを議論しながら、一つひとつ形にしていこうとしています」。
石戸:「多様なジャンルのコンテンツに横串しを通すようなかたちで取り組まれているのですね。ありとあらゆるポップカルチャーの分野で活動をされていると思いますので、すでに生まれている活動内容に関してもう少し教えてください。具体的にはどのようなメンバーの方々と、どのようなことに取り組んでいるのですか」。
カン氏:「そもそもエンタテインメントというポップカルチャーは、さまざまな産業との融合が生まれる場所でもあります。最近だと、知的資産権というIPに関しての興味関心が世界的に高まりを見せています。PPPでは、そうした世界的な動向を注視しながら、幅広いワーキンググループやコミュニティとの交流も視野に入れています。
エンタテインメントのポップカルチャーに関わる人たちは、アニメやマンガ、映像のクリエイターやアーティスト、eスポーツやメイドカフェをやっていらっしゃる人など、じつにさまざまです。ポップカルチャーで海外とビジネスを生み出す人たちやポップカルチャーの研究者もいます。ポップカルチャーを生み出す人たちや商品化する人たち、それらを売る前に分析する人たちなど、幅広い人たちがいるので、その人たちのワーキンググループやコミュティと積極的に交流することを考えています。
その中では、例えば、私自身が会社を立ち上げて化粧品ブランドを展開していますが、『エンタテインメント×ビューティー』という視点、その他にも『ポップカルチャー×アパレル』、『ポップカルチャー×食品』など、エンタメやポップカルチャーにさまざまなコンテンツを掛け合わせることで、新しい市場を生み出すこともできるでしょう。PPPでは、敢えてこのジャンルに注力というように範囲を絞らず、コンテンツという観念を大切にしながら幅広い関係性を持って取り組んでいます」。
日本のポップカルチャーや産業界にプラスとなるムーブメントを生み出す
石戸:「なるほど、素晴らしいですね。B Labのコンセプトが、ありとあらゆる領域、組織の枠を超えての共創を実現するというものですので、そのコンセプトともマッチします。そして、global contents lab、その中でもPPPの取り組みが本分野のプラットフォームになりつつあるということが非常によくわかりました。そうしたPPPの取り組みを、いわば事務局として大学が下支えする意味や価値はどこにあるとお考えでしょうか」。
カン氏:「私自身も最近、PPPを通じて、さまざまな企業や国の関係者の方々と一緒にじつにさまざまな仕事に携わるようになりました。その中で感じたことは、大学が中心となって取り組むことの意味合いは『将来のためだ』と感じています。
目の前で必要な取り組みや足元で必要とされるプロジェクトについては、企業などが独自で進めていらっしゃることが多くあります。一方、国は将来のことも考えながら、今必要な政策という視点で取り組みます。それらに対し、大学は教育機関という立場から学生たちを育て、5年後や10年後の未来を考えるというミッションを持っていると思っています。
その視点に立って、企業やエンターティナーたちも目の前のことで忙しいという現実がある中、5年後や10年後の未来のために私たちが『今、何をやるべきか』をPPPの中では常に問いかけています。その視点でプロジェクトを立ち上げて実践しているのです。
例えば、グローバル人材の育成に関わりたい企業は多くあります。国としても今の日本のエンタテインメント業界が、よりグローバルな人材を育成していかないと今以上に拡大していくのが難しいという課題を持っています。そういった課題が明確にありながら、企業も国も自ら手を挙げてその課題解決に取り組んでいけるかというと決してそうではないでしょう。そうはいかない課題を、iUという大学とPPPががっちりと受け止め、大学発だからできる取り組みでみんなを巻き込んでプロジェクトを進めていき、5年後や10年後の日本のエンタテインメント業界や日本のさまざまな産業にプラスになるムーブメントを生み出す、それが大きなミッションだと思っています」。
石戸:「確かに短期的な売り上げを追いかけることなく、長期的な視点でビジョンを描き、未来の新しい市場も作っていくのは大学の役割だと思います。大学しかできないことですね」。
エンタメに「出演する側」からエンタメを「研究・分析する側」へ
石戸:「さまざまな活動をしているカン・ハンナさんの人となりもお伺いしたいと思います。まずは、歌人としてのカン・ハンナさんに、日本語ネイティブではないところから短歌にチャレンジされたきっかけ、魅力に感じた理由などについてお聞かせいただけますか」。
カン氏:「私自身のバックグラウンドから簡単に説明します。韓国にいた頃から、コンテンツやエンタテインメントの演者、いわゆる出演する側として活動していました。その中で日本に来る機会に恵まれ、日本の文化が好きだったこともあって、言葉も喋れないままに日本に来ました。日本でも演者を続けていましたが、それと合わせて、日本社会を理解するために大学院に通いました。それまではコンテンツやエンタメに出演する側だったのですが、大学院では自分がコンテンツやエンタメを分析する側になるのです。それが、自分の中で大きい、そして新しいステップでした。ここからコンテンツの研究家としての活動をし始めました。
そうした活動をしていた中で『NHK短歌』に出演することになったのが、短歌と関わったきっかけです。演者として歌を詠まなければなりません。詠まなければいけないことから始まったのがきっかけです。ただ、そこから歌人として、短歌のプロとしての道を歩みたいと思った理由は、自分が国を超えて活動をする中で誰よりも日本の方々の思考、どのようなことを考えてどのような表現をしているのか、それを深く知りたいと思ったからです。演者としても、一人の表現者としても、すごく興味がありました。
言葉というのは、大きな壁です。アニメやマンガ、映画などは字幕など文字で伝えることができ、演者として出演しても字幕などで言葉を伝えることはできます。しかし、短歌を詠むというのは、母語ではない日本語で勝負をすることになります。日本人と肩を並べて勝負することは、私にとってはただ単に演者として表現するということにはとどまりませんでした。自分が日本の社会、日本の文化を外国人の中で最も深く理解できている、そういう人になることであり、なりたかったのです。短歌を詠んでいくと、自分がどんどん日本人の心になっていくように感じます。こうした想いから歌人としての道を歩み始めました。
その後、私は自分で会社を作ってビジネスを始めましたが、ビジネスはある意味、心理戦であり、人と人との心のつながりが大切です。iUで学生たちに教えるのも同様です。人の心情にも配慮ができること、短歌を詠むこと、歌人になったことがビジネスにも大学で教えることにもつながっているのではないかと感じています」。
私にとってはビジネスもコンテンツ。自分自身の想いやストーリーを伝える
石戸:「iUでのプロジェクトも含めて、『表現をする』ことがカン・ハンナさんにとってとても重要なこと、ご自身の歩みのキーワードになっているのですね。株式会社BeautyThinkerでは化粧品のビジネスをされていらっしゃいますよね。それもある意味、自己表現なのかと推察したのですが、カン・ハンナさんが手がけていらっしゃるビジネスについても教えていただけますか」。
カン氏:「独特の100%ヴィーガンコスメブランド『mirari(ミラリ)』を展開しています。なぜ独特かというと、私自身が製品を作っていますが、作り手のフィロソフィーやストーリーを伝えているからです。global contents labの想いと同じで、自分自身がコンテンツを持つこと、ストーリーを持つことがとても大切です。そのコンテンツをもとに、自分自身がどこまで大きなメッセージを伝えられるのかが今の時代には求められています。
これまでの化粧品ブランドは作り手があまり見えませんでした。特にマス向けであれば、ブランドも数多くあり、作り手の顔があまり見えてきません。一方で、今は若い世代を中心としてすべてがクリーンであることが望まれていると感じています。クリーンビューティーです。そこで、私のブランドでは、作り手も作り手の想いも作っている過程も含め、『すべてがクリーンであること』を実践しています。ある意味、商品や製品というより、『自分自身の作品』です。作品作りにも近いと感じています。
大切なことは『なぜ、この商品や製品を作ったのか』、そのすべての想いとプロセスをすべて公開すること、それらを一つひとつコンテンツのように作り込んで公開する、そこにお客様が付加価値を感じてくださるのです。作り手の想いをお客様にも共感していただければ、『私もそういう気持ちがあるかも』と感じていただけます。その商品や製品を使った時にその想いがふっと頭をよぎるようになります。それらがお客様の体験価値を高めることにつながると考えています。
化粧品ブランドを立ち上げてビジネスを展開していますが、私自身はビジネスもすべてコンテンツだと思っています。いかに唯一無二なコンテンツを作っていくのかが、ビジネスの世界では求められるのです。そう考えると、私自身はマルチにいろいろなことを手がけているようにも見えると思いますが、私の中ではすべてが実はつながっているという感覚でやっています。ありがたいことにブランドを立ち上げて4年ぐらい経っていますが、非常に熱狂的なお客様を超えたファンの方々、アドバイスを下さる方々、応援してくださる方々が周囲のお知り合いなどに紹介してくださっているので、今ではmirariというブランドは『みんなのmirari』になっています。mirariのコンセプトに共感してくださった方々のお一人おひとりにとって、自分の物語が入っているブランドといえるでしょう。みんなのコンテンツになっていることを感じています」。
学生に伝えたいことは二つ。「グローバル思考」と「仮説」の大切さ
石戸:「カン・ハンナさんは、周囲からは多彩な分野で活躍する“スーパーウーマン”のように映りますが、お話を伺っていると、ご自身の中には一貫した軸があり、それを追いかけていらっしゃることがよくわかりました。冒頭にでてきた「共創」というテーマもそうですが、ご自身の軸から始まったものが、周囲の人々に次々と自分事として受け止められ、共創の輪が広がっていく。そうした取り組みを、ビジネスの領域でも実践されているのですね。
話は変わりますが、数学オリンピックにも出場されていますよね。その経験も含めてお聞きしたいのですが、現在は教育機関に改めて身を置かれる立場として、ご自身が受けてきた教育を振り返りながら、これから学びの場はどのように進化していくべきだとお考えでしょうか。また、どのような環境であれば、カン・ハンナさんのような人材が育つのか。そしてその視点を踏まえて、どのような学びの場をつくっていきたいと考えていらっしゃるのか。さらには、大学はこれからどうあるべきだとお考えか、ぜひお聞かせください。」。
カン氏:「iUに2025年4月からご一緒させていただき、自分自身がやってきたことの一部を貢献する場所として大学機関と関わることを嬉しく思っています。
その中で私自身が学生たちに浸透させたい、伝えたい想いが二つあります。一つはグローバル思考です。私の大学生時代は国境が壁であり、海外と行き来することが今ほどにはカジュアルではありませんでした。そういった時代にあっても、世界40カ国を20歳の時から一人旅で回り、世界がいかに大きいのかを感じていました。
面白いと感じたのは、世界はすごく大きいけれども、実は共通言語があるということでした。それは言葉ではなく、家族だったり、愛だったり、生きることだったり、つまりはそういったテーマです。結局、人間は一緒だということを、私自身は旅をして仲間を作っていく中で感じていました。
そこで、自分が生きていく中で、国境という概念をなくしたかったのです。ボーダーレスです。ボーダーを持って生きるのではなく、ボーダーレスで生きることが、いかに自分自身の人生を豊かにしてくれるのかを実感していました。今の時代は、私のように40カ国を旅しなくても、インターネットが広がっています。例えば『中国では今どんなアニメが流行っているのか』を検索して、中国語の記事を読む練習をしてみるとか、SNSを見た時に『このインドネシアの女性って何に興味を持っているんだろう』と考えてみたりすることで、目線がグローバルになっていきます。こうしたちょっとしたことでも、国境を超えたものにつながっていくということを、私のラボでは私とともにやってもらいます。
そうすると、自分自身の自分らしいオリジナルなコンテンツ作りがストーリーも含めてできると思います。比較対象が国内だけではなく全世界にあることを考えると、自分のユニークなところをより考えられますので、まず、いかにグローバル視野を広げてあげるのか。例えば、何かに興味を持った人に、『それって、東南アジアの人たちはどう感じると思う?』ということを大学の中でやりたいと思っています。これが一つめの想いです。
二つめは、仮説の重要性です。数学オリンピックに挑戦した当時は英才教育を受け、ものすごく難しい問題を解くことに必死に頑張っていました。その経験から今の自分に何が残ったかというと、『仮説を立てること』です。
数学では、いかに仮説を作り続けるかがとても重要です。問題を作った人はどのような理由でこういう問題を作ったのかという仮説を立てられるかどうかがすべてであり、その戦いです。人生でも同じように仮説から生まれると思っています。ビジネスを立ち上げるときもそうでしょう。私自身は、仮説を立てるトレーニングを小学生から徹底的にやってきました。今のすべての仕事においても明確な仮説を作ることを日々頑張っています。その仮説を立てること、仮説を学生たちにとにかく問いかけ続けることをやっていきたいと思っています。その仮説を粘り強く問いかけてくれる人、そんな存在になりたいと思っています」。
世界で『唯一無二』のものとはじつは『最も自分らしいもの』
石戸:「グローバルやボーダーレスという言葉が、カン・ハンナさんだからこそ説得力を持って学生にも伝わると感じます。二つ目に重視されている「仮説を立てる力」は、言い換えれば「問いをつくる力」でもあると感じます。生成AIの時代においてますます重要になるのは、この仮説や問いを立てる部分であり、それこそが人間にしかできない領域です。人間だからこそ持てる「本質を見抜く力」を育むことが、今後さらに求められていくのではないかと思います。
今の話を伺っていて、カン・ハンナさんは自分を表現する力や社会に物語を提示する力が強いと感じました。そうした力をより多くの学生が身につければ、新しいプロジェクトを次々と生み出す環境づくりにもつながると思います。
今後の展開を大変楽しみにしています。B Labも、産官学の連携を通じてあらゆる分野で新しい価値を創造することをミッションに掲げています。PPPにもすでに取り組まれているかと思いますが、最後にぜひ、社会全体、そして産官学すべての方々に向けてメッセージをいただけますでしょうか」。
カン氏:「2022年に『コンテンツ・ボーダーレス』というビジネス書を出版させていただいています。その中でお伝えした大きなメッセージは、私自身の生き方にも反映され、私自身の軸にもなっています。iUでも取り組みたいと思っているミッションです。
それはどのようなものか。インターネットやAIが発達した今の時代、誰もが世界とつながりを持てて、コンテンツも国境を超えて動いています。そうした中、世界で唯一無二なものを作りたいという気持ちは、みなさんが持っていると思います。世界が認めるもの、世界の多くの人たちが心を動かすものを生み出すのは、じつは難しいことではありません。自分自身に自分らしいことは何かを問いかけて、そこからでてきたものを表現して、自分らしいオリジナリティを創っていく、『たった、それだけのこと』なのです。
世界で唯一無二のもの、『世界一のもの』とは、じつは『最も自分らしいもの』なのです。一人ひとりの学生に伝えたいのは、自分じゃない何かを望むのではなく、私たちが持っているもの、自分が持っているものが実は『世界で唯一なものだ』ということです。それをいかに世界に広められるのか、表現力や伝え方を悩みながらも、まずは自信を持って『自分のオリジナル』を大きくしていく、そのことにみなさんと一緒に取り組んでいけたらとても嬉しいです」。
石戸:「自分自身のオリジナリティ、表現力に磨きをかけることこそが、社会との接点であり、新しい価値の創造につながるということですね。素敵なメッセージをありがとうございました。これから、いろいろとご一緒できることを楽しみにしています」。