EVENT REPORT
B Lab Online Salon
第2回「生き心地の良いコミュニティや地域形成の秘訣」・前半
第2回目のB Labオンラインサロンは、6月20日(木)に岡 檀氏(情報・システム研究機構 統計数理研究所 医療健康データ科学研究センター特任准教授)をお迎えし、「生き心地の良いコミュニティや地域形成の秘訣」についてお話いただきました。後半ではB Lab所長の石戸 奈々子をファシリテーターに、視聴者からの質問を織り交ぜながら質疑応答が行われました。その模様を紹介します。
石戸:本日はB Labのオンラインサロンの第2回目です。本日は、岡先生に「生き心地の良いコミュニティや地域形成の秘訣」についてお話をいただきます。岡先生の旧海部町に関する調査が書籍化され多くの注目を集めました。ウェルビーイングについて考えるヒントとなるお話を期待します。
岡:ありがとうございます、私も本日を楽しみにしてまいりました。皆さん宜しくお願いいたします。本日のタイトルは「生き心地の良いコミュニティや地域形成の秘訣」とさせていただきました。今日は色々とお話したいことがあります。何か一つでも皆さんに感じていただいたり、気づいていただいたりすることがあれば嬉しいです。
「自殺希少地域」の研究
私は自殺希少地域の研究を行っています。自殺希少地域とは、自殺の発生が極めて少ない地域を指します。自殺問題に関する地域研究の多くは、自殺多発地域を対象にしています。しかし、私が研究しているのはその逆で、自殺希少地域です。この分野の先行研究は日本でも海外でもほとんどありません。しかし、逆のアプローチを取ることで、自殺対策に新しい視点を加えることができるのではないかと考えています。
なぜ自殺が少ないのかという素朴な疑問から始めました。まず取り組んだのは、日本全国の市町村のどこが自殺希少地域でどこが自殺多発地域かを特定することでした。合併前には全国に3,318の市区町村があり、それらの30年間の自殺統計を参照し、統計的な処理を施して公平に比較できるようにしました。そして、その結果に基づいてランキングを作成しました。
このグラフには、3,318市区町村のデータがすべて含まれています。今日お話しするのは、先ほど石戸先生がお話しされた徳島県の海部町についてです。この町は自殺が極めて少ない地域で、グラフの黄色い吹き出しの部分です。全国3,318市区町村の中でも極めて自殺が少ない地域に属しています。
一方、同じ徳島県内のA町は、逆に自殺率が極めて高い地域に属しています。研究を進める中で、47都道府県間の差よりも、一つの県内の市町村間の差が非常に大きいことがわかってきました。
徳島県の旧海部町ですが、今日は合併前の「海部町」の呼び方で説明させていただきます。海部町は、行かれた方はご存じかもしれませんが、この地域は太平洋に面した非常に美しい港や川があり、特徴的なのは、町並みが非常に密集していることです。特に海辺の辺りは屋根と屋根が重なり合うほどの密集度です。高台から見ると、その密集具合がよく分かります。
私は2010年頃から4年間、集中的にこの町を訪れ、いろいろなアプローチを通じて、この町が他の地域と何が違うのかを見つけ出そうとしました。そのために、自殺希少地域である海部町をメインの対象として、同じ県内でありながら自殺率が非常に高いA町を比較対象としました。この比較を通じて、何かを得ようという試みをしました。
インタビューや参与観察、フィールド調査、データ解析を行い、最終的には住民3,300人にご協力いただいてアンケート調査を実施しました。本日は、その分析結果も合わせてお話しします。
自殺希少地域・海部町に際立っている5つの要素
① 自殺希少地域・海部町の人間関係
調査を進めていく中で、海部町には際立っている5つの要素があることが分かりました。まずお話ししたいのは、海部町の人間関係についてです。
先ほど申し上げたように、自殺率が低い海部町と非常に高いA町を比較しています。この2つの地域の人間関係には大きな違いがあります。どちらが海部町、自殺が少ない町の特徴か、よく皆さんに問いかけることがあります。
1つ目のタイプは、濃密な付き合いで日常的に助け合って暮らしている関係です。もう1つのタイプは、あっさりとした付き合いで、日常的には挨拶や立ち話程度の関係です。この2つのうち、海部町はどちらでしょうか?実はあっさりとした付き合いの方なんです。
コミュニケーションが全くないわけではありませんが、相手を縛らない、自分も縛られないというゆるい感じでつながっています。一方、A町は非常に濃密な付き合いを維持しているのです。さらに分析して分かったことは、緊密なつながりを持つコミュニティの方が、住民が悩みを打ち明けることに抵抗があるということです。一般的には、助け合いの精神のもとに悩みも打ち明けて助けてもらえると考えがちですが、実は逆です。これは海部町とA町以外のいろんな自治体でも同じ結果が出ていました。
② 海部町の募金額が少ない理由
2つ目にお伝えしたいのは、海部町の募金額が少ない理由についてです。
海部町では、赤い羽根募金の額が他の町に比べて非常に少ないことで知られています。なぜ少ないのか。その理由は非常に単純です。他の町では、募金箱が回ってくると皆が協力的に似たような金額を入れて次へ回すことを繰り返します。一方で、海部町では、募金に協力する人もいますが、募金しないときっぱり断る人もいます。そして、その理由をはっきりと伝えます。
自分の意見をしっかり主張するところがあると役場の方々も仰っています。そして、自分の意見を主張する代わりに、他の人たちの意見をちゃんと尊重する姿勢があります。ここでうっかり新人の役場担当者が「AさんもBさんもみんな募金しましたよ」と言おうものなら、これはNGワードであって、相手を怒らせてしまいます。「AさんもBさんもみんな募金したのか。それは、よろしいなあ。しかし、なぜそれで自分も募金しなければならないのか」という非常に真っ当な反論が返ってくるのです。このような反応は他の町では見られません。
このように、海部町の特徴の1つは同調圧力を嫌うということです。多数派と異なる行動をとっても、それだけで責められたり仲間外れにされたりすることはありません。その結果、コミュニティの中に多様性が維持されています。このような流れになっている気がします。「いろんな人がいたほうがいい」「いろんな意見があったほうがいいんだ」とよく言います。
③ 政府を動かす力
よく子供たち、あるいは大人になっても言われるのですが、『お前にもできることがある』『あなたにもできることがありますよ』とさまざまな場面で言われます。これは単なる『頑張れ』とか『やればできる』といった雑な激励とは違います。もちろん、できることとできないことがあり、能力の差もあることを理解しています。しかし、どんなに微力でもゼロではないよ、と強調したいのです。『お前にもできることがある』という言葉は、自己肯定感を醸成するキーワードになっていると思います。
この考えを確かめるために行ったアンケートがあります。質問は、『あなたは政府を動かす力なんてないと思っていますか?』というものでした。この質問に対して、『そうですね、そんな力はないと思います』と答えた人は、海部町では26.3%でしたが、A町では51.2%でした。大半の人が無力感を抱えているA町との大きな差が明らかになりました。
④ やり直しのきく人生
海部町では、たとえ過ちを犯しても、やり直しのチャンスは常にあると言われます。『一度目はこらえたる』という言葉があり、たった一度の失敗で残りの人生にレッテルを貼られることはありません、と明確に伝えられています。一方で、A町では、たった一度の過ちが孫子の代まで評価に影響すると、特にお年寄りの方が言います。そのため、『自分を律して慎重に暮らさなければならない』と教えられます。もちろん、これは正しい教えですが、海部町のほうがより寛容で、対照的な雰囲気が表れていると思います。海部町では、人を評価する際に、多角的に捉え、さまざまな物差しを用いる印象があります。さらに、長い目で人を見て、総合的に評価するという特徴があると感じます。
⑤病(やまい)は、市に出せ
さて、最後の5つ目です。『病(やまい)は市(いち)に出せ』という言葉は、海部町に伝わるものです。『病』はもちろん病気そのものを指していますが、それだけでなく、人生におけるさまざまなトラブル、例えば家庭内のいざこざや仕事の失敗、借金なども含まれます。このような問題が起こったとき、『市に出せ』と言われます。この『市』は市場のことです。スライドのイラストにもあるように、市場は非常にオープンな場所で、誰でも来られ、わらわらと集まってきて、軽く言葉を交わしたりしながらまた散っていくような場所です。
あなたが悩みを抱えたときは、こうした場でとにかく公開しなさい。なるべく多くの人に、できるだけ広く伝えなさい。そして助けるコストが小さいうちに言ってくれ、とも言います。ここが非常に海部町らしいところです。海部町の人たちは、このメッセージについて、『全然、尊いとか清い心であなたを助けます、という意味ではないんだ』と言います。そうではなく、助けるのはあなたのためというより、自分のためなのだと。あなたがもし痩せ我慢して問題を抱え込み、いざという時に突然表面化しても、もう助けたくても助けられないかもしれない。そうなると、あなた一人だけでなく、家族や地域社会にも影響が及ぶ可能性がある。だからこそ、助けるから、コストが小さいうちに言ってくれと。これは、あなたのためではなく、自分のためだということで、助けを求めるハードルを下げているのです。子供の頃からこう言われて育てば、そのハードルも低くなるのではないでしょうか。このような合理的な危機管理術は、非常に見習うべき点が多いと感じます。
こうした教えが浸透した結果なのか、海部町は医療圏内のいろいろな近隣の町を合わせた中でも、最も鬱受診率が高いという統計があります。ただし、鬱受診率というのは鬱になっている人の割合ではなく、鬱になった時に病院で治療を受けている人の割合です。精神科の医師によると、軽症の段階で受診する人が多いそうです。軽症のうちに来てくれれば、治療の選択肢も多く、効果も高いと仰っていました。やはり、「病を市に出す」という考えが根付いている結果なのではないかと思います。
駆け足で5つ、際立っている点についてお話ししましたが、もう一度整理しますと以下の5つが挙げられます。
1つ目は、繋がっているけれども縛られない、相手を縛ったり縛られたりしない関係があります。多様性を非常に大事にしている点も特筆すべきです。2つ目は首尾一貫しており、どこで抜き打ち検査をしても、多様性を重視した特徴が見られます。3つ目は、自己肯定感を小さい頃から育んでいる点です。4つ目として、常にやり直しができるというメッセージが発信されている。5つ目は、助けを求めることや弱音を吐くことができる環境が整っています。これらの5つの要素が、自殺予防因子として機能していると考えられます。自殺のリスクを軽減する要素です。
自殺の動機には二大要因があり、健康問題と経済問題で全体の7割を占めると言われています。海部町にも同様のリスク要因が存在し、特に経済問題に関しては近隣の中でもあまり良い状況とは言えません。しかし、これらの5つの自殺予防因子があることで、自殺のリスクが高まる際に緩和する役割を果たしていると考えています。
「悩みがあったら相談にきてください」
この呼びかけの”弱点”は何か
さて、ここから少し展開します。先ほど申し上げたように、海部町は「助けて」と言いやすく、悩みを打ち明けやすい環境が整っていると述べました。「悩みがあったら相談に来てください」といったメッセージがポスターなどに掲示されているのを時々見かけます。小学校でも、朝礼で校長先生が「悩みがあったら、困ったことがあったら先生のところに来るんだよ」と話されます。これは非常に重要なメッセージですが、ある種の弱点があるとも考えています。
その弱点とは、悩みが深刻であればあるほど、当事者は疲弊しており、重症な人はそこに向かう気力や体力が残っていない場合があるという点です。たどり着ければしっかりとサポートを受けられる可能性があるのですが、たどり着けない限りはゼロになってしまうという問題が残ります。本当に助けを必要とする人がこぼれ落ちていく可能性があると思っています。
そもそも「相談に来てください」というのは、ある種の“アウェイ”に呼び出す行為ではないでしょうか。既に疲れ果てている人の判断力や行動力だけに委ねていては、その人を助けられないという危険が残ると考えます。ですので、なんとかして、その人がホームにいながらにして、ホームというのは家という意味ではなく、その人の日常の生活圏という意味で捉えていただければと思いますが、そういう場所にいながらにして支援を受けられるようにできないかとずっと考えていました。
路地とベンチの効用
そこで注目したのが、再び海部町に戻りますが、徳島県の海部町の住環境、つまり町の空間と構造、特性です。要するに町並みですね。先ほど申し上げたように、この町は非常に密集しており、車は通らないけれども、人が歩いて移動する路地が多いという特徴があります。
この多様な動線があるため、住民同士の偶発的な遭遇、つまりバッタリ出会うコミュニケーションが常態化する仕組みができていると観察しています。
さらに面白いのが、左の写真をご覧いただきたいのですが、これは江戸時代発祥の建築様式で、店造りと呼ばれています。要はベンチなんです。形状もベンチですよね。これがある家もあれば、ない家もありますが、路地に点在しています。
このベンチがどのように使われているかというと、右の写真をご覧いただきたいのですが、住民が買い物に行ったり、診療所の行き帰りにそのベンチで少し腰かけておしゃべりをするというシーンをよく見かけます。真冬は少し厳しいですが、夏などは頻繁に見られます。何も決まり事はなく、不定期で短時間ですが、こうしたコミュニケーションの連続が起きているのです。
私も一緒に腰かけて話を聞いてよくわかってきたのは、ちょっとした困りごとや悩み相談が小出しにされているという点です。例えば、誰かが「ここが痛くてしょうがない」と言った時に、もう一人が「それなら同じことを言ってた人がいて、その人はこういう治療法で良くなったそうだよ」といった情報を提供したりします。また、少し深刻なことで「実は隣の人が心配だ。ずっと雨戸も開けないし、たまに見てもげっそり痩せて暗い顔をしている」と言われると、別の人が「じゃあ、そっちの方へ行く用事があるから、ついでに声をかけてみるよ」といったことが話されます。本人たちは、悩み相談しているとは感じていないかもしれませんが、おしゃべりの延長でこうしたことが話されるのがいいな、と。かしこまっていないため、問題が重症化する前に早めに少しずつ開示され、早めに介入ができるのです。こうした流れができ上がっていると感じます。
ベンチがあるとないとでは実は大違いで、ベンチは滞留というものをつくります。立ち話というのも滞留、停留ですが、人の流れを一旦休ませて、ここに溜まらせるという仕掛けとしては、ベンチは非常に効果が大きいと感じます。
ベンチは路地にしか置けません。車道に置くと危険なので、路地にしか置けないのです。このため、路地が多いコミュニティでは自殺が少ないのかを数量的に解析してみました。これは三重県の市町村を対象に行った解析ですが、「路地存在率」という指標を地図会社と一緒に作成し、自殺率との関係を調べました。その結果、路地が多い方が自殺率が低いという結果が得られました。
こうした住環境の視点からのアプローチも重要だと思います。町並みからアプローチすることで、さまざまな分野で役立つことが期待されています。例えば、学校のデザインや被災者の住宅を作る際に、どのようにすればよりコミュニケーションが促進されるかを考えるときにも参考になります。このように、様々な方に興味を持っていただき、一緒に研究を進めています。
これは2017年から始めた子供の調査ですが、自殺予防因子について話すと、「いいね、そんなふうになりたいけど、どうしたらなれますか?」といった質問がよく出てきます。しかし、残念なことに、大人になってからの行動変容は非常に難しいという現実があります。海部町の人々も、子供の頃から自然に身についた特性が、大人になっても続いているに過ぎず、それがどこかで教育されたり啓発された結果ではありません。ですので、子供の成長過程でどういうものが良いことを促し、悪いことを阻止するかを見つけるために、「未来を生き抜く力」を見つけようとしてこの調査を始めました。
徳島県内の2つの自治体で2017年から実施しており、毎年、小学校5年生全員に参加してもらっています。全員といっても、田舎の小学校なので人数は少ないですが、とにかく全員に参加していただき、その後、同じ子供たちを中学1年生、さらに中学3年生で追跡調査しています。どういうことが子どもの心の健康に影響しているかを観察しています。
コロナ禍で行った調査結果をお伝えしますと、コロナの影響下、またその後において、少なからず子供の心の健康に影響を与えたわけですが、一方で多くの子供たちはそうした影響を受けずに安定していることも確認されました。
このスライドに書いてあることは、コロナ前後に関わらず、鬱的傾向にならない、安定した子供たちの特性です。その分析結果から明らかになったのは、これらの安定した子供たちは統計的な思考、一般的な言い方だと柔軟な思考ができるということです。上の青い丸のところに書きましたが、統計的な思考というのは、物事の一部分だけを見るのではなく、広い視野を持って全体像を捉え、1つの考えに凝り固まらずに、その時々の状況に合わせて柔軟に対応を変えることができることです。
これらの統計的な思考がいいということが分かってきた時に、同時にそれを阻むものは何か、ということも調査しました。
阻むものや損なうものは何かということを調べてみたときに、保守的な男女役割観を持っている大人が周りに多いことが関係しているとわかりました。保守的な男女役割観、いわゆるジェンダーバイアスは、例えば「女のくせに」とか「男なんだからこうあるべき」というような狭い考えを子供に押し付けたり、言葉にしたりすることを指します。
このような大人が周囲に多いと感じている子供たちは、柔軟な思考が損なわれやすく、悩みを打ち明けられない。そして心の健康バランスを崩しやすくなり、「中1ギャップ問題」と呼ばれる、中学校1年生が環境に適応できず不登校になる問題を抱えやすくなります。これが子供たちにとって大きな悪影響を与えていることが分かってきました。大人たちは何気なく口にしているかもしれませんが、それが意外にも大きな悪影響を及ぼすことを知ってもらいたく、この調査結果は必ず保護者や先生方にお知らせするようにしています。
最後に、自殺対策について一言申し上げたいと思います。皆さんもご存じのように、日本では経済問題と自殺の関係が強いです。経済が悪化すると自殺が増え、改善すると自殺が減るという非常に分かりやすい傾向が繰り返されています。しかし、本当に目指すべきは、経済が悪化しても自殺が増えない社会ではないでしょうか。リスク因子が増えたとしても、それがいきなり自殺に直結しない社会を考える必要があります。そのためには、自殺の危険要因の対処、これはもちろんなのですが、それだけではなく、自殺予防因子を複眼的に取り入れて対策を講じていくべきだと考えています。
私からの話題提供は以上です。ご清聴ありがとうございました。
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